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Hotel pickwick

Hotel pickwick


 最近撮影に出ていないせいで、さぼりがちになっているので、ちょっと昔に撮った写真を。これはサンフランシスコは非常に治安の悪い場所にあるHotel pickwick。場所柄、安宿なのだが、この周辺はサンフランシスコ近代美術館などがあって、アートって点では非常に良い所だったりする。が、知人に「夜独りで歩いちゃ駄目よ」と言われたり。

 この頃は、カメラもしょぼいのを使って撮影していたのだが、色んな事を試してはニヤニヤしていた時期でもあった。ありがちな構図ですが楽しんでもらえると幸いです。
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叫べ!猛れ!拳を挙げろ!

【告知】
来る4/9日曜日PM6:00より、渋谷サイクロンにて、Fragileレコード発売記念のライブがあります。このBlogでもメンバが時々顔を出すK.O.D.(笑、兄ぃな重鎮Killedge、他、JUVENILE スクラムシロップなど、良質なバンドが目白押し!!
 怒りを爆発させる勢いが欲しい人!おいらと一緒に会場で暴れましょう! うぉおお!!!!

・・・なんて、おいら多分いそいそとドラムセット組んでるとは思いますが。(照

アーティスト情報はこちら:
Fragile
K.O.D.
Killedge

Check it out, men!

消防灯

消防灯


 今回は、多分誰にも理解されない、そんな写真を失礼します。

 この赤い点は、実家の自分の部屋に戻るときに、階段を登った所にある消防灯。

 自分の部屋は5階にあります。
 自分が中学にあがるまで、家族4人は4階に住んでいて、この5階、とりわけこの消防灯の先は、大きな鉄の扉に閉ざされていました。 よく悪いことをして親を怒らすと、必ずといっていいほど、お仕置きでこの消防灯の先にある鉄の扉の部屋に押し込められたものです。子供時分の自分にとって、この消防灯は恐怖の象徴の何ものでもなかったのです。

 自分が中学に上がったくらいから、家族の部屋が足りなくなった事もあり、この5階が改築され、5階からその大きな鉄の扉は無くなってしまったのですが、この消防灯だけは今日までしっかり残ってました。この頃の自分は内向的な所もあって、すぐに自分の部屋にこもったりしたものなのですが、こもる時には必ずこの消防灯がいました。

 サラリーマンになると、残業や夜遊びをするようになりました。同僚と酒の席については、終電で帰ったり。仕事をこなして終電で帰ったり。親にばれないように、周りの明かりを全く付けずに、そっと自分の部屋に登るのですが、その時もしっかりとこの消防灯は自分を叱るかのごとく、自分を照らしてました。

 サラリーマンを辞め、渡米をしました。貧乏学生だったので、2年に1度くらいの割合でしか実家に帰る事がなくなりました。そんな長い周期経ても、やっぱりこの消防灯は、何かを思い出させるように、赤く、ただぼんやりと暗闇の中にいました。

 向こうで働きはじめ、そして在籍していた会社がうまく行かなくなって、日本にくたびれながら戻ってきました。そんな時でも、この消防灯は元気づけるかのごとく、自分を照らしてくれました。

 そして今日、実家の取り壊しの為に引っ越す事になり、家族も全員借宿へ移った後、自分は、独り最後の荷物を取りに自分の部屋に戻ったとき、やっぱりこの消防灯は赤く、煌々と自分を照らしていました。

 これを書いている今、実家にはもう誰も居ません。でも、あの消防灯は独り、写真のように赤く光っているのでしょう。

 そして、明日には、この消防灯はおそらく取り壊しの残骸とともに、無くなるのだと思います。

 でも目をつぶると、消防灯はそこに、ぼんやりと居るのです。

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